昨日の礼拝前に、虹を見ました
 前日から台風による大雨がすごかったです!気象庁は、福島県に始めて台風による警報を出したほどです 土曜日の夜は、何度も緊急メールが夜中まで続きました 福島教会のみんなは、守られました。皆さまのとりなしのお祈りを感謝します!ただ、隣県の丸森町に住んでいる兄弟のところは阿武隈川が決壊しました。それで、ご家族で避難されました この地方では、今までこんなこと!体験したことがありません。
 時が近く、目を覚まし祈りなさいとの聖書のみことばを思い起こしました。。。
 でも、日曜日に虹が現されたことによって、全てが益になり、神さまのご計画が背後にあることを示されました
 主に感謝します。 ヨセフ

広告

ある日突然


こちら先週の水戸で路上ライブ中に、知らない人からのカンパ?をいただきました。これは初穂として、聖会にお捧げいたしました。神様に感謝。働きが進んでいます。
 
 はんな

それでも倒れませんでした。

「だから、わたしのこれらのことばを聞いてそれを行う者はみな、岩の上に自分の家を建てた賢い人に比べることができます。

雨が降って洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけたが、それでも倒れませんでした。
岩の上に建てられていたからです。」

マタイの福音書7章24節-25節

あゆみ

ただ、おことばを

いよいよ、本日台風が関東東海地方に…!
逆に長崎チームは九州へと向かわれ、守られています。なんだか、第1チームの時を思い出します…。

明日はP牧師がご入院されている中、中心的に働きをされている方々が多く長崎に行かれているという時の主日礼拝。

前回の日曜日から新しい御奉仕もいただきまして、一層身が引き締まる思いです。主により頼みつつですが…。

冷静に考えると、こんな10月半ばに猛烈な台風というのは本当に異常な出来事で、今までと全く違うことを再認識させられます。

昨日は早めに退社させていただきましたが、町中が台風への備えで殺伐としていて、まるで東日本大震災の時のようでした。
(実際、千葉の方は台風15号のこともあり、震災時と同じレベルの厳戒態勢で臨むそうです)

長崎チームが遣わされている中、これからの時代の迫害や殉教に備えることを思わされますが、同時に、自然災害のためにもさらに祈らなければいけないことを、一連の事から深く感じます。

今日は自宅待機になりそうですが、この一日、さらに第二次長崎派遣の最後のチームが遣わされているこの期間、神さまからのことばを受けていくことができますように。

主日礼拝とライフラインの守りを祈りつつ…!

「主よ。あなたを私の屋根の下にお入れする資格は、私にはありません。ただ、おことばを下さい。そうすれば、わたしのしもべは直ります。」マタイの福音書 8章8節

あゆみ

備えなさい


午後から、どんよりとした曇り空
 土曜日から、大きな台風が来る予報です
 気象庁でも、警戒して備えるようにと発表しているくらい、危険なようです。語りかけを受けます 明日からは、長崎派遣第5チームが出ます!チームの方々と共に、とりなし組の者たちも、これからの働きに備えることがあるできますように!ヨセフ

癒された

 先週は渋川断食聖会へ向かう途中に、空に彩雲が3回現れました。眼の癒しのお祈りのため、ある病院に向かってもいて、これは癒される!と確信する思いが与えられました。
 渋川の行きと帰りに、その病院に行って、お祈りの時を持ち、また、たくさんの方々にも祈りの要請をして、今現在、お医者様からもう良くなってる、大丈夫、退院していいとの、お言葉。神様の恵みにただただ、ひれ伏す思いです。全ての栄光を神様にお帰し致します。
 
 はんな

もう一度

先週の文化祭、本当に久しぶりの学校へ行く機会でしたが、在校中よく一緒にいた子と通学路を通ると(駅でバッタリ会ったのです!)いつものように出勤している錯覚に。

でも学校に着けば、子どもたちとは半年以上会っていないので、変化は目まぐるしく、名前や顔があれ?となってしまった子もいて(その子たちには、大変申し訳なかったです…)やはり時間の経過を感じました。

そんな中、卒業してから2年経っても、文化祭を機に自分を訪ねてくれる子がいたり(おかげでチラシも渡すことができました)コンサートに来てくれる卒業生たちと久しぶりに集まって、以前と全く変わらなかったりと、なかなか言葉にするには難しい感情を覚えた一日でした。

出会った人たちが別々の道に進んで、それぞれの時間が、それぞれのペースで流れ、その中で変わるもの、変わらないものがあって、そして再び交わる時がある。
捧げた物も、その時は失ったように見えて実はそうではなく、必ず、戻ってくる時が来る。

だから今、自分が置かれている場所で、自分のやるべき事を忠実にやっておくことが大事なんだなぁということを、この一日に改めて思わされました。

そうすれば、神さまが最善の時に、最善の形で”もう一度”を与えてくださる。人の力や方法ではなく、まさに神さまの手の中、神さまの方法によって。

どんな時も主に信頼して、み心を行えますように。

この「もう一度」ということばは、決して揺り動かされることのないものが残るために、すべての造られた、揺り動かされるものが取り除かれることを示しています。

ヘブル人への手紙 12章27節

あゆみ